×

さて前回。

miniDSP用に最適化した10ch-PEQを駆使して、上図のような特性を実現したわけですね。
(無響室の特性ではなく)リスニングポイントの限局的な測定点での、それも音圧周波数だけを平坦化(ターゲットカーブへ漸近)する。

しかし、その音質はそのご立派な特性グラフに対して、あまり芳しくないものでした。

より強い補償力により強引な平坦化を試みる

REWでは、前回以上に強烈な補正を稼働させて一層の平坦化をさせることは可能です。
具体的に言うと [Generic] [Extended] へ設定すれば、miniDSPの制約を外した補償量が適用されます。前回の結果が芳しくなかったため、より一層の平坦化(カーブへの近接)を目指します。

リスニングポイントにおいて、怖いくらいにフラットになりますね!
しかも、単純な直線平坦ではなく、リスニングポイントによって多くの人に好まれるという、フロイド・トゥール博士のカーヴへ近づいています。
ただし、LPでこういう特性ということは、逆説的に言えば無響室特性は無惨に破壊されています。

生成されたイコライジングをご紹介します。

Biquad系数もご紹介できますが、Biquadの数字を見ても大半の人が「ハテさて・・・?」という感覚だと思いますので、ここでは同等のEQをPEQへ展開したものをご覧いただきます。これを通すと、上図のように鬼フラットなLP特性になるわけです。

Filter  1: ON  PK       Fc  111.00 Hz  Gain    1.9 dB  Q  7.126	// mlo-7
Filter  2: ON  PK       Fc  203.00 Hz  Gain   -9.3 dB  Q  6.858	// mlo-6
Filter  3: ON  PK       Fc  352.00 Hz  Gain    9.7 dB  Q  6.379	// mlo-5
Filter  4: ON  PK       Fc  742.00 Hz  Gain   -4.9 dB  Q  5.000	// all-4
Filter  5: ON  PK       Fc  936.00 Hz  Gain   -3.0 dB  Q  4.915	// all-6
Filter  6: ON  PK       Fc  152.00 Hz  Gain  -10.2 dB  Q  4.095	// mlo-4
Filter  7: ON  PK       Fc   90.10 Hz  Gain   10.4 dB  Q  3.839	// all-10
Filter  8: ON  PK       Fc  561.00 Hz  Gain  -12.1 dB  Q  3.718	// all-7
Filter  9: ON  PK       Fc   17.95 Hz  Gain  -11.3 dB  Q  3.713	// sub-2
Filter 10: ON  PK       Fc  299.00 Hz  Gain  -13.2 dB  Q  2.851	// mlo-3
Filter 11: ON  PK       Fc   57.90 Hz  Gain  -14.5 dB  Q  2.366	// all-9
Filter 12: ON  PK       Fc  184.00 Hz  Gain   11.6 dB  Q  2.053	// all-8
Filter 13: ON  PK       Fc   10.00 Hz  Gain  -13.6 dB  Q  2.000	// sub-1
Filter 14: ON  PK       Fc   23.40 Hz  Gain  -12.9 dB  Q  2.000	// sub-3
Filter 15: ON  PK       Fc 9954.00 Hz  Gain   -4.2 dB  Q  1.659	// twe-2
Filter 16: ON  PK       Fc  477.00 Hz  Gain    3.2 dB  Q  1.048	// all-5
Filter 17: ON  PK       Fc 2068.00 Hz  Gain   -6.4 dB  Q  1.002	// mhi-2
Filter 18: ON  PK       Fc 6273.00 Hz  Gain   -4.1 dB  Q  1.002	// all-3
Filter 19: ON  HS       Fc  203.00 Hz  Gain   -5.0 dB		// all-2
Filter 20: ON  LS       Fc  156.50 Hz  Gain   -4.9 dB		// all-1

全20ch のPEQを利用。

miniDSPは前段で10ch分のPEQしか実装できませんので、ANDROMEDAが4wayマルチなことを利用して、帯域分割された各ドライバへPEQを適用し、トータル20chとしています。具体的に言うと、

  • 前段(フルレンジ)のフィルタへはQの低いもの、Xoverに隣接しているもの…を中止に配置
  • マルチウェイ各ドライバのフィルタへはQの高いものやXoverに隣接しないものを選択的に配置

こうすることでトータル20PEQを実現。

視覚化した方が分かりやすいと思うので、一部をお見せすると、

フルレンジ=前段のPEQ。
まあ・・・一言でいうと「凄まじい」ですね。しかもこのままでは折り返してしまうから、10dBほどのPadを入れています。このカーヴを見るだけで、良い音がする予感はまるでしませんね。無響室特性がこんな風に歪められるんですから。でも、これを通すとLPではフラットになるのです。

こちらはミッドバス限定の補正曲線。この帯域では5ch分のPEQを当てています。
右端の2個のPeakはセラミックコーンのブレイクアップノッチであり、最小位相系の線形近似補償だから、除外して見てください。問題は左側中央のドタバタ。こんなことまでしないと平坦にならないのかよ?というほど極端かつ強い補償をしています。
 

危険な香りのする高Q /高ゲイン量の補償

前述の20個のPEQ。見る人が見れば、数字だけでもかなりヤバ目のフィルターが混ざっていますね。例えば、

  • 352Hz +9.7dB Q6.4
  • 299Hz -13.2dB Q2.85
  • 203Hz -9.3dB Q6.86
  • 184Hz +11.6dB Q2.05

ゲイン/減衰量が極端に大きな数字だったり、共振Q値が高すぎたりしています。

なぜ、高ゲインや高Qのイコライジングはいけないの?

それを使わなければ、フラットにならないから使っているわけなんですけれども….。
一般に、高ゲインx高Qのフィルターになればなるほど、

  • 位相
  • GD(群遅延)
  • インパルス応答の美しさ
  • リンギング

などに悪影響。有り体に言えば音質劣化が激しくなるからです。
しかも、このイコライジングはそれを単独ではなく、さらに多量かつ複雑に組み合わせているわけです。

REW単独で生み出せるイコライジングはすべてIIRです。では位相の回らない、FIR型だったら音質劣化が無いんでしょ?最高性能なんでしょ?と考えがちですが・・・違うんだな、それも。

  1. IIRで最小位相系に見立てて振幅も位相も変える ×
  2. FIRで位相を回さず振幅だけを変える ×
  3. FIRでLPでの位相(Excess Phase)を強引に平坦にする ×

1,2,3、どれもペケなんですよ。なぜって、どれも「元の姿へ戻す」ことはできない=歪曲要因を同定して正しく原形へ補正して戻すことができないからです。

前稿でも説明したとおり、ルームアコースティックによる変形は途中経路の因果律(伝達関数)が分からないからです。強引に位相直線へ補償することも、振幅平坦へ強引補償することと同じで、元の姿へはならないです。だからFIRになれば万々歳、というわけではないです。

むしろ、最小位相系想定のできる部位だけ極小補正するのがBESTという観点に立てば、「元の形へ戻せる」IIRの方が有利・好適という見方すらできます。

蘊蓄はこれくらいにして。実際に視聴してみましょう。何よりそちらが大事。
 

高強度補償は音質を完膚なきまでに破壊しつくした

正直、口汚くなってしまうので書くのがためらわれる程です。

「生ゴミのような音」

まさかまさかの、想像を絶するような最低音質…でした。

聴いてられないです。不自然、腐敗臭がする、吐き気がする、比較試聴の必要がない、数秒でわかる。

  • 透明感、分解能、鮮度、生々しさ、空間・・・すべては消失。
  • 低域~中低域はゴウゴウ言っているだけで実に汚らしい
  • 洞窟のなかで聴いているようでもある
  • さほどいじっていないはずの高域までもが劣化??
  • へたするとAMラジオの方がましな音なのでは?

前回鑑賞した10 PEQともまた、全然違うのです。

  • 10PEQは「ウ~ン」という感じでしたが、
  • 20PEQは「ギャ!! オエー」・・・・

で、そのときのLPのf特はこんなに超フラット・・・。(笑)

ヒトは「測定上正しい」などの理屈に洗脳されがちです。
ですが、今回は「個々人の嗜好の問題」ですらない、有意な音質差でした。

  • LPで周波数特性がフラットな方が、フラットでないよりなんぼかマシなはずだ… ×
  • 暴れているより、フラットであればあるほど、より多くの人に好まれる… ×

少なくとも、今回の実験の私は違いました。これは過去のMCACCやAudacity時の結論と同じです。
私は日頃から「ワイドとフラットの権化」みたいな発言ばかりしていますが、それは「無響特性」のことであり、リスニングポジションにおける有響室のそれではありません。

今回は「ワーストケース」からスタートすることにしていますので、最も音質が破綻するパターンからあえてご紹介しています。最終ゴールは「どんな性質の補償であれば容認できるのか」「補償の許容限界点はどこか」を探ることにあります。
 

矛盾フィルタによる強引な押し引き

前項では、高Q高ゲインのフィルターほど音質の弊害が大きい というお話をしました。

しかしそれ以外にも、数字を見ているとまずい実装が散見されます。
例えば、矛盾したフィルターによる押し相撲です。

Filter  2: ON  PK       Fc  203.00 Hz  Gain   -9.3 dB  Q  6.858
Filter 12: ON  PK       Fc  184.00 Hz  Gain   11.6 dB  Q  2.053
Filter  3: ON  PK       Fc  352.00 Hz  Gain    9.7 dB  Q  6.379
Filter 10: ON  PK       Fc  299.00 Hz  Gain  -13.2 dB  Q  2.851

分かるでしょうか?
例えば352Hzで+9.7dBもの高ゲインで引っ張っているのに、そのすぐ近傍の周波数、299Hzでは逆に-13.2dBもの急降下。すごく矛盾しています。この、一見矛盾した急峻なフィルターを「ぶつけ合う」ことで、300Hz周辺のフラットネスを確保しているのです。

これはREWが「微細な凸凹」を執拗に追いかけた結果、局所的に:

  • boost→
  • cut→
  • boost→
  • cut→

を繰り返している状態。

高Q/高ゲインのフィルターはダメ、と言っているのに、こんな極端な処理をしたらこの帯域周辺の音質がメタメタになるのは必然です。それは単にREWだけが無能のせいなんでしょ?という意見もあるかもですが、自動処理演算というものは往々にしてこのような解を導き出すのです。強引にでも。この手の自動平坦化処理が大概ブラックボックスなだけに、インテリジェンシに欠けていても表層化はしないわけです。

この帯域(中低音)では私の感想文でいうと「不自然」「ゴウゴウ」「洞窟」「汚らしい」などの感想に集約されています。
 

低域平坦化の代償

ANDROMEDAは超低域まで無響室では超平坦です。が、ウチの部屋ではRoomGainによって極低音域が肥大化していた。REWはそれを強引に平坦化しようとする。

例えば:

57Hz -14.5dB
23Hz -12.9dB
17.95Hz -11.3dB

これは、

  • Room Gain
  • モード (定在波)
  • 残響も混みでのエナジー感

これらをかなり削ってしまいます。
ここで問題は、人間は低域を「定常正弦波」として聴いていないこと。実際には直接音や間接音をある程度弁別するとともに、遅延音も含めたものを分離知覚して「エネルギー総量」として認知判断をする。

REWの視点では「過剰な低域」として判断するものでも、ヒトの脳内では「空間エネルギー」として統合認知されていることがある。ヒトは“時間方向のエネルギー分布”も聴いている。それを-14dB、-13dBといった大量な規模で削ると、空間の“空気”まで消えてしまう。

実際、中低域がゴウゴウと蠢いているだけで、いつもの爽やかで豪快な重低音や超低音は無くなってしまいましたね。部屋が圧迫される感じ/包囲感/空気の厚み/空間の呼吸感… 音楽体験で重要だった要素は全部消え失せた。
 

ほとんどいじらない高域まで死んだ

今回のPEQで、高域の領域はただ1点のPEQしか適用していないんですね。補償の対象はほぼ、超低音から中低音までに集中しています。
しかし、低域や中低域だけではなく、今回は高域も死亡しました。不思議です。

おおよそ、透明、繊細、キレ、空間といったキーワードはまるでなく。全てが死亡。実は、低域〜中域の時間構造が崩れると高域の知覚まで変わるのです。なぜなら人間は

“帯域別独立”ではなくて“時間統合”で音を聴いているから。

  • 中低域が濁る
  • GDの大幅な乱れ
  • envelope崩壊
  • 空間残響変化

が起きると、高域側の

  • 空気感
  • 透明感
  • speed

まで死ぬ。

まとめると:

「高域を触らなければ高域はキレイ、安全」 ×

ではない。低域側の破壊だけで、システム全体の知覚が壊れてしまいます。


 

REWは「どこまで補償してよいのか?」をベンチマークするために極めて好適なワークベンチを提供してくれます。すなわち、

  • 補償帯域の制限
  • Qの制限
  • ゲインの制限
  • 補償の質の制限

など、さまざまな制約を自分の意思で課すことができるからです。=ブラックボックスではない

これらにさらにRePhaseを加えると、弊害はありこそすれ位相制御も可能にはなります。

実のところ、現代型自動補償の精髄は

 いかに強引に/強烈に制御し、グラフだけを平坦化するか

ではなくて、

 いかに補償の違和感を払拭するか

そのために

 いかに制御を縛って最小限に制約するか

こそが最終的な精髄になっていきます。

今回はワーストケースをご紹介しましたが、次章以降ではどんな質の保証が容認できるか、その保証量はどこまでか、など、実験を交えながら検証していきます。

 

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投稿者

KeroYon

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