Vinylレコード(アナログディスク)の再生カーブ、すなわちPhonoイコライゼーションは、録音・再生時の周波数特性を補正するための規格です。これはレコード史を語る上で最も重要な技術要素。
Vinylの再生には通例ではRIAAで制定されたイコライザ特性が用いられます。ところが、オーディオファイルの中ではしばしば「1960年代以降のLPでも、RIAA以外のカーブでカットされた盤が多量に存在する」とする主張が見られます。
しかしその後の数々の研究や技術史でこの説はほぼ否定されます。録音技術史、保存機関の資料などにおいて、この説にはかなり誤解が含まれていることがわかります。本レポートでは、イコライザカーブの歴史的変遷と、なぜそんな誤解が神話化してしまったのか? …を検証していきます。
アナログディスクにおける、”EQカーブ”とは?
レコードではカッティング時に大雑把に言うと、
- 低音を減衰
- 高音を強調
してカッティングする必要があります。
なぜかというと、カッティングレベル(≒溝の深さ)の限界が振幅の大きな低域でほぼ決まってしまうから。それと同じレベルで高域をカッティングしてしまうと、高域が摩擦ノイズに埋もれて聞き取れなくなってしまう。だからあらかじめ、高域を強調してからカッティングするのです。これを「プリエンファシス」と言います。
プリエンファシスはVinylに限った技術ではなく、テープ録音の世界でも、S/Nを稼ぐための常套手段として定着しています。
逆に、再生時にはそれと逆特性のカーブをかけることで
- ノイズ低減 と
- 溝振幅の節約
が可能になります。
この補正特性のことをイコライザカーブ(EQカーブ)と呼びます。
主なEQカーブ(代表例のみ)
| 規格 | 低域時定数 | 中域時定数 | 高域時定数 |
|---|---|---|---|
| RIAA | 3180 µs | 318 µs | 75 µs |
| Columbia LP | 1590 µs | 318 µs | 100 µs |
| NAB | 3180 µs | 318 µs | 50 µs |
| AES | – | 400 µs | 63 µs |
| DIN | 3180 µs | 318 µs | 100 µs |
| Decca 78 | 3180 µs | 450 µs | 50 µs |
※ 値は代表的な再生カーブ(文献によって時定数には若干差があるようです)
これを見ると分かるように、
1950年代前半までは多くのカーブが並存していたのです。
カーブの濫立時代とは?
1930〜40年代の電気録音では
- 各レコード会社
- 放送規格
- カッターヘッド特性
が異なっていました。そのためColumbia、NAB、AES、Deccaなど、レーベルごとに再生EQを変える必要がありました。特に78rpm時代にはその濫立傾向が強く、カーブは事実上バラバラでした。
まあ、ありがちな話ですね。ビデオテープの規格が8mm, VHS, Betamaxと濫立するようなもので、最初は独自規格で覇権争いをするものなのです。(市場が落ち着くまでは。)
RIAA標準の誕生
この混乱した市場状況を解決するため、アメリカのレコード業界は統一規格を制定します。それがRIAAカーブ。Recording Industry Association of Americaです。
1954年
RIAA Recording Characteristic
が発表されました。このカーブは
- RCA Orthophonic
- AESカーブ
- NABカーブ
これら既存カーブの利点を結集し、それを統合した形で設計されました。だからカーヴは部分的にとても似ています。
各カーブの違い
それらのEQカーブにはどのような違いがあるのでしょうね。時定数を入手しましたので、可視化してみましょう。

時定数から回路定数を求めて特性の模擬を行いました。

だいぶ違いますよね。
赤線がRIAAですから、RIAAでカッティングされたものを他カーブで再生したとすると、
- DIN = 低音上昇・高域低下
- NAB = 低音同等・高域キラキラ
- Columbia=低域スカスカ・高域控えめ(かまぼこ?)
だいぶ音感が変わりそうですよね。
RIAA普及の年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1948 | ColumbiaがLPを発表 |
| 1951 | AESカーブ提案 |
| 1952 | RCA Orthophonic |
| 1953 | 業界で統一カーブ議論 |
| 1954 | RIAA標準制定 |
| 1955 | ”ほとんどの”レーベルがRIAA採用 |
| 1956 | 世界的標準として定着 |
| 1960年代 | RIAAカーブ以外のイコライザが市場から消失 =LPの事実上の共通規格 |
最終欄にReferenceを載せますが、音声保存機関の史料においても
1955年頃までにRIAAがマイクログルーヴレコードの標準となった
とされています。
RIAA移行期(1953〜1955)
ただしRIAAへの移行は瞬時ではなく、もちろん「過渡期」がありました。
研究機関による調査では
- RCA Victor
- Decca
- Atlantic
などが1953〜1955年頃に移行したと推定されています。
この時期の一部LPでは
- NAB
- Columbia
の可能性が指摘されることがあります。しかしこれはあくまで数年程度の過渡期です。ステレオLP定着の60年代以降で、それらカーヴを採用したことを証明するような証拠・文献などは存在しないのです(=都市伝説)。
そこで、次に疑問に思うのが、なぜそんな誤解が深く市場へ浸透してしまったのか?という原因です。
誤解発生の原因
この神話、「1960年代以降のLPにもRIAA以外のカーブが多数ある」という神話は、単一の論文から広まったわけではなく、1970〜80年代のHi-Fi雑誌記事とそれを利用したフォノイコライザ製品のマーケティングが主な発生源と考えられています。
研究論文というより、オーディオ趣味メディア → 製品広告 → ネット時代の再拡散という流れです。
技術史を追うとかなりはっきり発生の系譜が見えてきます。
1) 最初の拡散源(1970年代のHi-Fi雑誌)
1970年代の英国オーディオ雑誌で
- 古いレコードの再生には様々なEQが必要
- RIAAは万能ではない
という記事が頻繁に掲載されました。代表的なのが
- Hi‑Fi News & Record Review
- Wireless World
などです。これらの記事では78回転盤や、1950年代の初期LPについて語られていたはずなのですが、読者の中では「60年代LPでもレーベルごとにカーブが違う」という拡大解釈が広まったと考えられています。つまり「78rpmの話」と「LP」を混同した誤解が最初の原因です。
2) 1970年代のフォノEQ設計記事
もう一つの重要な要因が多カーブフォノイコライザの自作記事です。
特に引用されるのは
- Douglas Self
- Peter Baxandall
などが関わった回路解説記事。
これらの記事では例として
- NAB
- AES
- Columbia
などのカーブが紹介されます。これも本来の目的は古い盤のアーカイブ再生だったはずですが、読者側がLPにも必要と曲解してしまいました。
3) 1980〜90年代のオーディオ製品マーケティング
神話が大きく広がったのはここです。フォノイコライザ製品が「複数EQ対応」を売りにし始め、拡大解釈されてもしかたのないようなプロモーションを展開します。
例
- Esoteric Sound Re-Equalizer
- KAB Electro Acoustics Souvenir EQ
- Graham Slee Revelation
広告では多くのレコードがRIAA以外のカーブのような表現が使われました。しかし実際には78rpm復元用途が主目的です。
4) インターネット時代の再拡散
2000年代以降、ブログやフォーラムで「レーベル別EQ表」が拡散しました。
よく引用されるのが
- Vintage Radio Society
- Audio Engineering Society フォーラム
などの資料。ただしこれらの多くは1950年代初期のデータです。
それが1960年代LPにも当てはまると誤解されたのです。
5) 技術史研究者の見解
録音史研究者の共通見解はかなり明確です。
1955年以降US、欧州、日本のLPはほぼRIAAで統一です。
例:
International Association of Sound and Audiovisual Archivesの技術文書
After about 1955 the RIAA curve became the standard for microgroove records.
6) 実際に「カーブ違い」に聞こえる理由
RIAAなのに音が違う理由は別にあります。
主な原因
1 カッティングEQ
マスタリング時の補正
2 カッターヘッド共振
特に
- Westrex
- Neumann
で差が顕著になる。EQカーヴとは違う要因です。
3 再生カートリッジ
高域のピーク
4 レコード摩耗
これらがEQカーブの違いと誤解されるケースが多く、事実誤認に拍車を掛けていきました。
7) まとめ
神話の発生プロセスは
78rpm用EQ研究
↓
1970s Hi-Fi雑誌
↓
多カーブフォノEQ製品と、その過剰なプロモーション
↓
インターネットで再拡散
その結果1960年代LPにも多くのEQがあるという話が広まりました。繰り返しますがこの説は録音史・保存技術・AES文献では支持されていません。
もうひとつ考えられるのは、意外性の「見識」に対する憧憬があるかもしれません。すなわち、オーディオの世界で常識ではない・知られていない・驚愕の事実を知っている=知っている自分=有識者=偉いという憧れです。確かに、「実はRIAAではなかった」のほうが驚きがあり、テクニカル、かつミステリアスな良さがあるかもしれません。(そうであってほしいという願望と事実とは往々にして異なります)
科学的な根拠の希薄さ
■論理的な根拠が提示されたことがない
代表例
「Atlanticはアナログ末期までNABカーブのまま。」
そうした主張に共通する特徴は「科学的な根拠がゼロ」なところ。
つまり、論拠となるエビデンスの提示がゼロなのが共通項です。
どんなに文献や立証を漁っても、「Atlanticは最後までNABだった」という証拠が出てこないのです。出てくるのは「AtlanticレーベルはRIAAに従った」という文献ばかりです。
唯一、レーベルに「これは***のカーブで再生してください」の掲示があるディスク。これは間違いなくRIAA以外でカッティングされているでしょう。しかしそれ以外は例外ではなくRIAAと考えられます。(60’s以降~)
これらの主張に共通しているのは「聴感でのマッチング」です。つまり、
「私に好ましく聴こえるのはColumbiaだから、NAB だから」
のように感覚的・官能的な理由です。私はヒトの耳ほど信頼性のないものは無いと考えるタイプなので、科学的な説得力ゼロと考えることにしました。
■アナログディスクはEQカーブ以外の理由でも音質が揺らぐ
アナログディスクは必ずしもマスターテープの信号のままでカットされるわけではありません。LPに適化するために信号の加工が施されています。代表例がカッティングエンジニアによる:
- カッティングアンプに対する最適化
- 録音ごとに適化するためのポストイコライジング
- 低域のモノラル化
まとめると、
- 聴感で自分の好みにマッチするものを正しいカーブと勘違いする
- カッティングプロセスでの音質差異をカーブの要因と勘違いする
というものです。
■歴史的事実
研究結果ではいずれも、
例:
Columbia : 1954〜1956の間にRIAAへ移行
- ColumbiaはRIAA制定後に標準へ収束
- 長期に独自カーブを維持した証拠なし
Atlantic Records : 1955年前後にRIAAへ移行
- 一部の研究(カッティングログ・エンジニア証言ベース)
という証拠は出てくる。しかしそれ以降も独自カーブを使い続けたという論拠は見つからないし、主張する方々から提示されることもないというのが、この主張の論拠が希薄であることを表しています。単に
「私はこう感じる」の主観の域を出ないのです。
■積極的な音質調整のイコライジングと捉えるならばよし
前述のとおり、Vinylはさまざまな要因で音質が揺らぎます。その調整要素として「フォノイコライジングカーブを使う」というのなら、アリだと思います。なぜなら、それは官能(感応)領域での主張であり、趣味であるからです。しかし、「このカーブでカッティングされている」と主張するのは、論拠がない以上は嘘の拡散にあたるかもしれません。

さて次回。
ウチにはUS-Atlantic純正盤が何枚かあります。オリジナルColumbia盤もあったかな。
もしそれらがRIAA以外なら、現在のストリーミング配信楽曲のそれと極度に違うスペクトルになるはず。なぜならストリーミングディジタル音源はLPからリプロダクトされているのではなく、マスターテープから音源化されているからです。私はRIAA再生環境しか持っていませんから、RIAAでエンコーディングすれば変な音になるはずですよね?でもそこでスペクトルに大差がなければRIAAであることの査証。そうでないならそれは本当に[ATLANTICはNABであった]ことの立証になりますが。(これこそ科学的な検証。) 果たして。
References:
https://www.iasa-web.org/book/export/html/435?utm_source=chatgpt.com
https://shellac.org/wams/wequal.html?utm_source=chatgpt.com
https://www.iasa-web.org/book/export/html/473?utm_source=chatgpt.com
http://www.shellac.org/wams/wequal.html
https://en.wikipedia.org/wiki/RIAA_equalization
(その他割愛していますが大量)

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