本日は座学です。
以前ご紹介した通りで、Thiel Audio CS2.4のクロスオーバーネットワークは極めて複雑怪奇です。(でもアコースティック・スロープとしては6dB/octなのです。) 
オリジナルの回路はこうでした。

果たして、これをDSP-408上で(完全とはいかないまでも)再現できるのでしょうか?
ミッドハイドライバーの補正が特に複雑なので、これを題材にやってみましょう。
 
こういう時はまず、ネットワークを要素分解して見てみることが重要です。
これはスキームに慣れている方ならすぐに判断できますね。 
ハイレンジ側のネットワークは下図のように3つのパート①②③に要素分解することが出来ます。
これらひとつひとつを要素別に、DSP-408へ移植していけば良いわけです。 

PART①は一見、シェルビングフィルターのように見えますね。①のパートだけを、全域フラットなドライバーに接続して特性を見てみましょう。

ウン、やっぱりそうですね。
でも、どうしてシェルビング?? 
判ったぞ。VCが共通でかつミッドレンジの帯域に対する輻射面積が大きめだから、能率が揃わないんだ。通常ならアッテネーターを入れるところだが入れられない為、階段状にフィルターを入れているのでしょうね。見る限り、中域は最高域に対し-3dB以上の段差を入れているようです。
一方、ミッドなのにローエンドカットを完全にはしていない理由は、後述するノッチ+過制動密閉とすることで、ウーファーとの交差点を-6dBスロープへ近づけるためでしょうね。徹底してアコースティックスロープに拘っている結果でしょう。
そこまでは判ったところで、、、、シェルビングフィルターなんてDSP-408上で模擬できるのかな? 
PEQやノッチはありましたが、、、
見つけました! 

どうやらこの、LSというのが恐らく低域のステップフィルターという意味なのでしょう。
Thielと似たような肩特性を再現することが出来ました。 
さて次に、PART②は何の役割でしょうか?
これは定数からしてほぼ自明です。
ミッド-ハイ間の位相/レベル補償でしょうね。 
このThielミッドハイは内周部のメカニカルカップリングを介してメカニカル2wayを構成しています。そこで外周部ミッドの高域端には2次LPFの系に該当する音圧低下と位相回転が不可避で生じます(つまり-6dB/octにならない)。また、中央部ドームトゥイーターは振幅上のローカットが不十分であるため、ちょうどメカニカルクロス周辺で音圧が重畳し、盛り上がります。
これらの位相補償と、若干の音圧ノッチ(せいぜい-2dBのようですが…)を目的とし、2500Hzを中心としたノッチが入れられているようです。
公称スペックである、音圧±2dB以内。最小位相特性±5°以内。を実現するには、この補正が必要だった。

②だけをドライバー直結した場合の特性は下図のとおりで、推定はズバリです。

2次系の補正ということで、Qは比較的低めでも良いようです。0.7~0.8といったところでしょうか。
DSP-408で模擬してみます。

似たような感じになりましたね。
Qがまだ適当ですが、実装したらもう少し厳密に詰めていきます。
 
最後に、PART③は何でしょうか?
こちらはミッドレンジのFs潰しのノッチでしょう。 
このミッドハイはそれなりに低いQtsを持っているようです。大きめのバックキャビに入れればQtc<=0.5も狙えるかも知れません。しかし、容積の限られたバックキャビに収納するとQtsはどうしたって上昇し、密閉型では2次の特性を採るわけですから、-6dB/octを狙うには無理があります。また、クロス周波数とFsが2otc以内に近接しています。スローロールオフのフィルターではクロス特性に影響が出てしまう近さです。そこで、ミッドのFsをノッチで潰してしまい、アコースティックスロープを可能な限り-6dB/octに近づけて、ウーファーと位相振幅平坦に繋ごうという狙いでしょう。
ハイパスを外してしまうと特性が見えなくなるので、①を入れっぱなしでノッチ③の状態を見ます。

ノッチのQはそんなには高くなさそう。0.7~1くらいかな?
FsとQtsはバックキャビティの容積によって変動するので、後日実測して再調整しましょう。 
で、上記の調整をマージして出来上がったのがこのセットアップ。

シェルビングフィルタを含む、計3要素で、オリジナルアナログフィルタそっくりの特性を模擬することができました。ひと安心。これならなんだって出来そうです。難しかったらアナログ素子ネットワークも併用するつもりだったけど、一切必要無さそうです。
ちょっと残念なのが、DSP-408ってフィルタースケールが±12dBどまりで、その外側の特性が見えないのですよね。たとえばFsノッチの様子は見ることが出来ません。そこは改善の余地があるのでDaytonにリクエストを出してみようかな。